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2009年10月 7日 (水)

ジョークよりもユーモア 【命の話47】

 

こんにちは。

井手敏郎です。

死を前にしている人は、

必ずしも看護する私たちの

深刻な面持ちを期待していないようです。

笑うことは現在の苦痛を緩和させる

素晴らしい治療の一つといえるのではないでしょうか。

先日は看護学生たちともこんなことについて話し合いました。

今日の『死生学(命の話)』は「ジョークよりユーモア」です。

上智大学名誉教授、アルフォンス・デーケンさんの

『よく生き よく笑い よき死と出会う』(新潮社)を参考にしました。

 

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では本日の『死生学(命の話)』をどうぞ(/^-^)/
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日本ではユーモアとジョークは同義に使われることが多いようです。

しかしデーケン氏は両者は明確な違いがあるといいます。

ジョークは頭のレベルの技術です。

言葉の使い方やタイミングの良さで笑わせるジョークは、

一つのテクニックです。

お笑い芸人が振りまく笑いのほとんどがジョークといえるでしょう。


ある人をジョークでからかった場合、周囲は笑いますが、

本人は深く傷つくことがあります。


対してユーモアは、相手に対する思いやりから生まれるものです。

ドイツではユーモアの定義を

「にもかかわらず笑うこと」とされています。


あるお母さんは、

生涯ほとんどお酒を口にしたことがありませんでした。

亡くなる直前のベッドの中で、

昏睡状態からふと目を覚ました彼女は、

「ウイスキーが飲みたい」と周囲に告げました。


あと2時間ももたないであろう彼女が、

「おいしい」といって、全部飲みほす姿に家族が唖然としていると、

今度は「タバコが吸いたい」というのです。

11人いた子供の一人がびっくりして

「医者がタバコはよくないと言っていますよ」と告げると、

「死ぬのは医者じゃなくて私ですよ。タバコをちょうだい」

といって、ゆうゆうと吸い終わると、皆に感謝した後、

「また会いましょう。バイバイ」

といって、そのまま横たわり息を引き取りました。


「いかにもお母さんらしい死に方だ」

そのとき彼女の死を悲しんだ子供はいませんでした。

けっして楽ではない体調や、

大きな不安も抱えているであろう状況の中、

なんと美しい思いやりではないでしょうか。

 

ジョークは「自分満足」で終わることが多いのに対し、

ユーモアは「相手を思いやる気持ち」から、

自分が辛いにもかかわらず周囲のために笑う愛情です。

お母さんの思いやりは、子供たちにとって

生涯忘れえぬプレゼントとなったに違いありません。

      

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「命に効くえすちょん」をどうぞ <(゜ヘ゜)>ウ~ン
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自分が辛い「にもかかわらず」、

周囲に笑いを提供してみませんか?

 

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編集後記 (*^-^)ノ~~

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欧米には「1日1回は患者を笑わせよう」

という病院があるそうです。

私はまだまだ笑いの修行が足りず(?)、

なかなか家族はウケてくれません

(とくに関西人の妻は酷評が多い・・・)。

辛いことも多くありますが、

「にもかかわらず」、毎日ユーモア精神で、家族、友人に、

笑いや愛情を施せる人間になりたいと思っています!

 
  
 
  
 
  
   

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1 命の話(死生学)」カテゴリの記事

コメント

お久しぶりです。
いつも素敵なお話ありがとうございます。ユーモアとジョーク、違うとは思ってましたが、今回の記事ですっきりしました。最後までユーモアを忘れない人でありたいなぁと思いました。
また勉強させてください。
井手先生の看護学校の講義も聴いてみたいです♪

投稿: みほ | 2009年10月13日 (火) 10時47分

>では本日の『死生学(命の話)』をどうぞ(/^-^)/

お母様、素敵ですね。
しかし、なぜ人を思いやることが大切なのですか?
イマイチ、わかりません。

よければ、教えていただきたい。

投稿: ばな | 2009年11月16日 (月) 22時26分

ばなさんへ

コメントありがとうございました。
人を思いやるのがなぜ大切か…。
「当たり前」といっても、きっとばなさんの望まれる答えにならないと思います。
人には「生きる価値」があることがわかれば、おのずと周囲を思いやる気持ちは芽生えます。私たちは価値があると感じるものを傷つけることはできないからです。その価値とは何なのか?一緒に考えてゆくのが、このブログで命の話を綴っている目的でもあります。ぜひ続けてご覧いただければ幸いです。

投稿: 井手敏郎 | 2009年11月17日 (火) 00時05分

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