1 命の話(死生学)

2009年11月18日 (水)

10倍生きる方法 【命の話50】

 

こんばんは。

井手敏郎です。

今日の『死生学(命の話)』は「10倍生きる」です。

50回目の今回は、

カナダ人実業家として成功をおさめた

キングスレイ・ウォード氏の名著、

『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』

(新潮社)に学びます。

私も息子にこんな手紙を書きたいと思いました。


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では本日の『死生学(命の話)』をどうぞ(/^-^)/
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19世紀を代表する外交官であり、

ドイツの鉄血宰相として知られたビスマルクは、

「賢人は歴史(他人の経験)に学び、

愚人は体験(自分の経験)に学ぶ」といいました。


私たちは人生を有意義に過ごしているでしょうか?

あるいは有意義に過ごすために努力を重ねているでしょうか?

キングスレイ・ウォード氏の手紙から考えてみたいと思います。


以下、引用

いつだったか、つぎの表現に出会ったことを覚えているだろう。

「他人の過ちから学べ。

自分ですべての過ちを経験する時間はない」。

ある意味で、本についても同じことが言える。

もし君が他人の経験から学ぶことができるのなら、

その有利さを生かして、さまざまな事態の扱い方について、

経験者が書き記したものを読むといい。


世の中には、原爆の投下、月面の歩行、

それにコンピュータの発達といった科学的な進歩を別にすれば、

目新しいことはそれほど多くない。

事業経営に関する意思決定のほとんどは

幾度か繰り返されてきたもので、

たいていはいずれかの書物に書き記されている。

もし君が時間と忍耐力を読書に注ぐならば、

読書をしない同輩たちに比べて、

かなり有利な出発点に立てるだろう。


(中略)


この人たちはみな、君や私が現在生きているように、

歴史の一時期に生き、呼吸をし、人生を経験した。

これらの姿勢、意見、そして苦悩を知ると、

私たちの問題はしばしばとるに足りないものに思われるだろう。

少なくとも、経験者の観察のおかげで、

ずっと解決しやすくなるだろう。


私は人生のこの段階で、ただ読書のおかげで、

一生を十回も経験したような気がする。

それで優越感を感じるというのではない。

そういうことではなく、

地上で与えられた時間を有効に使っているという気がするのである。

そして、あらゆる意味で、小さな閉塞的な社会に生れて、

自ら望んだにせよ、望まないにせよ、

その外の世界を実際に、あるいは書物を通じて

知的に見る機会のない人たちを気の毒に思う。

人生についてどれだけ知ることができるだろう。

知らずに終わることがどれほど多いだろう。

引用終わり


10倍生きなければ学べないことが、今理解できたら、

人生はどんなに素晴らしくなることでしょう。

 

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「命に効くえすちょん」をどうぞ <(゜ヘ゜)>ウ~ン
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人生を10倍豊かにするために、

他人の経験に、これまでの10倍耳を傾けてみませんか?

 

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編集後記 (*^-^)ノ~~

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本、CD、DVD、その他、

他人の経験に学ぶ手段は沢山あると思いますが、

このブログもその一端を担えたら嬉しいです。

  
  
  
  

 

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2009年11月17日 (火)

死ぬときに後悔すること 【命の話49】

 

こんばんは。

井手敏郎です。

昨日はなんと1日で1万アクセスありました。 !!(゚ロ゚屮)屮

 

先日、私のメルマガ読者さん2人の希望で

「哲学ランチ」をした後、

一緒に茨城県の霞ヶ浦の近くにある予科練記念館に行きました。

 

メルマガはこちら⇒『1日1分心と体に効く話』

http://homepage3.nifty.com/kiku-hanashi/

 

戦争のため15、6歳で散った若鷲たちの遺言は、

まさに生きた「死生学」でした。

今日の『死生学(命の話)』は、「戦争に散った命」です。

 

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では本日の『死生学(命の話)』をどうぞ(/^-^)/
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オバマ大統領の広島、長崎の訪問が話題になりました。

敗戦して64年になる今年ですが、

現在の平和を享受するに、大きな犠牲を払ってきたことを

私たちは忘れてはいけないのではないでしょうか。


飛行機もろとも敵に突撃する「特攻隊」は、

14歳から20歳の日本海軍少年航空兵養成の中核的施設

(予科練)出身者が中心でした。

予科練卒業生は、全国で約24,000人で、

18,564人が、太平洋戦争で戦死したといわれます。


昭和5年、海軍飛行予科練習生制度が発足した当初は、

高等小学校終了以上のもので、

満14歳以上20歳末満で

学力・体力ともに優秀な少年を飛行兵として採用し、

きびしい教育訓練により

海軍航空隊の中堅幹部に育てたといいます。

昭和12年、劣勢な戦況の中、飛行機の搭乗員が多く必要となり、

あらたに中学校(旧制)4学年1学期予期修了以上

(後に3学年修了程度)の志願者から短期間で養成され、

第一線に送り出されます。


厳しい戦況の中、海軍航空隊は、特別攻撃(特攻)で

爆弾もろとも敵艦に体当たりをする作戦を敢行します。

なおも止まない攻撃に、

空からの守りだけでは祖国を救うことはできないと

新しい特攻兵器が戦場に投入されました。

人間魚雷、人間爆弾といった

爆薬を抱え敵艦に体当たりする攻撃は、

いずれも若き青年達、予科練を中核とするものだったといわれます。

 

その中の一人の遺書を紹介します。

 

 

戦いは日一日と激しさを加えて参りました。

父母上様、長い間お世話になりました。

私も未だ十九才の若輩で、この大空の決戦に参加できることを、

深く喜んでおります。

私は潔く死んでいきます。

今日の海の色、見事なものです。

決してなげいて下さいますな。

抑々海軍航空に志した時、

真っ先に許されそして激励して下さったのは、

父母上様ではなかったでしょうか。

既に今日あるは覚悟の上でしょう。

私も魂のみたてとして、

ただただ大空に身を捧げんとして予科練に入り、

今日まで猛特訓に毎日を送ってきたのです。

今それが報いられ、

日本男子として本当に男に花を咲かせるときが来たのです。

この十九年間、人生五十年に比べれば短いですが、

私は実に長く感じました。

数々の思出は走馬燈の如く胸中をかけめぐります。

故郷の兎追いしあの山、

小鮒釣りしあの川、

皆懐かしい思出ばかりです。

しかし父母様にお別れするに当たり、もっと孝行がしたかった。

そればかりが残念です。随分暴れ者で迷惑をおかけし、

今になって後悔しております。

お身体を大切に、そればかりがお願いです。

親に甘えた事、叱られた事、皆懐かしいです。

育子、昌子の二人は私の様に

母に甘えたり叱られたり出来ないかと思うとかわいそうです。

いつまでも仲良くお暮らし下さい。

私も喜んで大空に散っていきます。

平常あちこちにご無沙汰ばかりしておりますから、

何卒よろしくお知らせ下さい。

お願いします。

御身大切にごきげんよう。

 

 

神風特別攻撃隊 大和隊員

一飛曹 塩田 寛 18才

昭和19年10月26日 レイテ沖にて特攻戦死

 

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「命に効くえすちょん」をどうぞ <(゜ヘ゜)>ウ~ン
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家族に大事なことを言い残してはいませんか?

伝えておきたいことをしたためておきましょう。

     

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編集後記 (*^-^)ノ~~

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両親が長崎出身で、原爆2世でもある私としても、

悲劇を繰り返さぬため、

今度はぜひオバマ大統領に訪問してもらいたいです。

 

 

 

 

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2009年10月19日 (月)

最期の絵(ラストピクチャー) 【命の話48】

 

おはようございます。

井手敏郎です。

昨日は主催している「死生学講座」を、

朝日新聞社さんが取材にこられました。(*゚▽゚)ノ

記事として載るかはわかりませんが、

関心をもたれる方が増えてきたのは嬉しいことです。

 

また最近始めたというわけではないのですが、

「哲学モーニング」「哲学ランチ」「哲学カフェ」「哲学ディナー」

といった、個人的に仏教や死生学について

お茶や食事をしながら語りあう活動もしています。

毎日配信しているメールマガジンで案内したところ、

何人もの方から申し込みがありました。

  

ブログ<仏教講師の1日1分『心と体に効く話』>

これまでのメルマガ『効く話』を綴っています。

http://ameblo.jp/kiku-hanashi/


メールマガジン<1日1分『心と体に効く話』>

毎朝1分で「人間力」を高める良質な話題をお届けします。

ご家族やお友達にも、メルマガを紹介してあげて下さいね。

登録無料、解除も簡単。携帯アドレスも登録可能です。

登録フォーム→http://homepage3.nifty.com/kiku-hanashi/

 

10月、11月はもう少し対応できそうですので、

ぜひという方がいらっしゃれば随時お知らせください。

今日の『死生学(命の話)』は「死と向きあう」です。

上智大学名誉教授、アルフォンス・デーケンさんの

『よく生き よく笑い よき死と出会う』(新潮社)を参考にしました。

 

 

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では本日の『死生学(命の話)』をどうぞ(/^-^)/
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私達はガンになるかならないかを、

自分でコントロールすることはできませんが、

ガンにかかった後、どう対応するかは自分で決めることができます。

ガンになれば、誰もが落ち込むでしょう。

しかし一つの挑戦と受け止めることも可能です。


西部劇のスターだったジョン・ウェインは、

自身がガン宣告を受けた後、

友人知人たちに懸命に呼びかけ莫大な寄付金を集めます。

これを基金として、ロサンゼルスにジョン・ウェイン癌研究所を建て、

ガン研究や治療にすぐれた成果を挙げています。


サンフランシスコにあるエイズ・ホスピスでは、

希望者に「最期の絵(ラストピクチャー)」の製作を勧めています。

全身全霊で描かれたそれらの素晴らしい作品は、

ホスピスの廊下に飾られ、今も光を放っています。


ドイツの哲学者アルフレッド・デンプ氏は、

「もし一人の人間によって、少しでも多くの愛と平和、

光と真実が世にもたらされたなら、

その一生には意味があったのである」

という美しい文章を残しています。


ドイツ語では「死ぬ」という動詞に二種類有ります。

動物的な死をあらわす「フェアエンデン」は、

肉体的に衰弱して死を迎えるという意味です。

それに対して「シュテルベン」は人間にしか使われません。

人間は肉体的に衰弱しても、

精神的に上昇を目指しながら死に至ることもできるのです。


アメリカのある著述家は

「大きな苦しみを受けた人は、

うらむようになるか、やさしくなるかのどちらかである」

といいました。

選択するのはあなたです。

 
      

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「命に効くえすちょん」をどうぞ <(゜ヘ゜)>ウ~ン
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もしガンを宣告されたらあなたは何を始めますか?

 

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編集後記 (*^-^)ノ~~

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看護学校の講義も大詰め?を迎えています。

試験もしなければならないのですが、

看護を目指す皆さんの将来の役に立つような

課題を提供したいと思っています。

テーマは、今日の「効くえすちょん」と同じく、

「あと余命半年のガンと宣告されたとき、

後悔のない人生のために何をしたいですか?

後悔のない人生のために何をすべきですか?」

医療従事者も患者さんの気持ちになって、

真剣に考える機会があってもいいですよね。


ブログ<仏教講師の1日1分『心と体に効く話』>

これまでのメルマガ『効く話』を綴っています。

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今からメルマガ読者さんとの「哲学ランチ」をしに

つくば市へ行ってきます!

 

 

 

 

 

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2009年10月 7日 (水)

ジョークよりもユーモア 【命の話47】

 

こんにちは。

井手敏郎です。

死を前にしている人は、

必ずしも看護する私たちの

深刻な面持ちを期待していないようです。

笑うことは現在の苦痛を緩和させる

素晴らしい治療の一つといえるのではないでしょうか。

先日は看護学生たちともこんなことについて話し合いました。

今日の『死生学(命の話)』は「ジョークよりユーモア」です。

上智大学名誉教授、アルフォンス・デーケンさんの

『よく生き よく笑い よき死と出会う』(新潮社)を参考にしました。

 

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では本日の『死生学(命の話)』をどうぞ(/^-^)/
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日本ではユーモアとジョークは同義に使われることが多いようです。

しかしデーケン氏は両者は明確な違いがあるといいます。

ジョークは頭のレベルの技術です。

言葉の使い方やタイミングの良さで笑わせるジョークは、

一つのテクニックです。

お笑い芸人が振りまく笑いのほとんどがジョークといえるでしょう。


ある人をジョークでからかった場合、周囲は笑いますが、

本人は深く傷つくことがあります。


対してユーモアは、相手に対する思いやりから生まれるものです。

ドイツではユーモアの定義を

「にもかかわらず笑うこと」とされています。


あるお母さんは、

生涯ほとんどお酒を口にしたことがありませんでした。

亡くなる直前のベッドの中で、

昏睡状態からふと目を覚ました彼女は、

「ウイスキーが飲みたい」と周囲に告げました。


あと2時間ももたないであろう彼女が、

「おいしい」といって、全部飲みほす姿に家族が唖然としていると、

今度は「タバコが吸いたい」というのです。

11人いた子供の一人がびっくりして

「医者がタバコはよくないと言っていますよ」と告げると、

「死ぬのは医者じゃなくて私ですよ。タバコをちょうだい」

といって、ゆうゆうと吸い終わると、皆に感謝した後、

「また会いましょう。バイバイ」

といって、そのまま横たわり息を引き取りました。


「いかにもお母さんらしい死に方だ」

そのとき彼女の死を悲しんだ子供はいませんでした。

けっして楽ではない体調や、

大きな不安も抱えているであろう状況の中、

なんと美しい思いやりではないでしょうか。

 

ジョークは「自分満足」で終わることが多いのに対し、

ユーモアは「相手を思いやる気持ち」から、

自分が辛いにもかかわらず周囲のために笑う愛情です。

お母さんの思いやりは、子供たちにとって

生涯忘れえぬプレゼントとなったに違いありません。

      

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「命に効くえすちょん」をどうぞ <(゜ヘ゜)>ウ~ン
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自分が辛い「にもかかわらず」、

周囲に笑いを提供してみませんか?

 

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編集後記 (*^-^)ノ~~

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欧米には「1日1回は患者を笑わせよう」

という病院があるそうです。

私はまだまだ笑いの修行が足りず(?)、

なかなか家族はウケてくれません

(とくに関西人の妻は酷評が多い・・・)。

辛いことも多くありますが、

「にもかかわらず」、毎日ユーモア精神で、家族、友人に、

笑いや愛情を施せる人間になりたいと思っています!

 
  
 
  
 
  
   

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2009年9月26日 (土)

21世紀に求められる介護 【命の話46】

 

こんにちは。井手敏郎です。

だいぶサボってしまいました(汗)

8月9月は周りの変化が激しく、

忙しくも充実した時間を過ごしていました。

いよいよ看護学校の授業も始まり、

学生達との交流も楽しいひと時です。

今日の『死生学(命の話)』は「知の融合で命を守る」です。 

2004年には、書籍『最強格闘技図鑑・真伝』にて

最強格闘家20人のうちの1人に選ばれ、

海外の警察、軍隊関係者に技術指導も務めた

自他護身術「護道」の代表、

廣木道心さんのお話を参考にしました。

私も合気道を嗜むので、

武道のあり方には高い関心を持っています。

 

 

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では本日の『死生学(命の話)』をどうぞ(/^-^)/
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先天的な脳の機能障害のため、

人とのコミュニケーションが取りにくい自閉症の人は、

国内で1000人に3人といわれます。


「目の前で暴れる愛する息子にどう対処すればいいのか」

武道家の廣木さんは、

知的障害を持つ息子さんとのかかわりあいから、

暴力に走る息子さんと自分自身が、

お互い身を護りながら共存する必要性を感じ、

21世紀に求められる新しい護身の形を模索します。


自閉症をはじめ、知的障害のある子供たちは、

ストレスを上手にコントロールできないため、

そのストレスがパニックとなって、

自傷行為や他傷行為として現れることがあります。


自傷行為とは自分の髪の毛を引っ張ったり、

腕を噛んだり、

床や床に頭を打ち付ける行為です。

他傷行為は、他人に噛みついたりすることをいいます。


健常児ならストレスを言葉にあらわし、

その都度、欲求不満を外に向け発散できますが、

知的障害児はそれらの行動が苦手なため、突然物を投げたり、

殴ってきたりということがあります。


最近、本やテレビでも話題になっている古武術介護は、

相手が協力的であるという前提で、

自他ともに負荷のかからない介護を目指し、

大きな成果を挙げていますが、

相手が攻撃的なときには、うまく機能しない場合があります。

 

人間は心理的な私的空間に相手が踏み込むことを警戒します。

護道の介助法は、できるだけ正面をさけながら近づき、

相手の攻撃の範囲を外しつつ接触点をつくります。

 

まず最初に、相手を迎い入れるように広げた手で「繋がり」、

「大丈夫だよ~」と励ましながら「包み」、

リラックスさせながら「導き」、

「頑張ったね~」と褒めて「結ぶ」のです。

 

廣木さんは、種々の言葉が交錯する海外での経験で、

コミュニケーションが十分でない相手といかに接点をもち、

技術を伝えるか悩んだことが参考になったとも語っています。

 

自分が生き残るために命がけの武術ではなく

お互いが生き残るために命をかけている武術。

私が目指したい未来のヒントをもらいました。

 

すべての人がお互い共生できる社会のために、

いろいろな分野の融合が、今求められているのではないでしょうか。

     

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「命に効くえすちょん」をどうぞ <(゜ヘ゜)>ウ~ン
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あなたの得意なことを別の分野と組み合わせ、

新しいニーズや価値を生み出すことはできないでしょうか?

  

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編集後記 (*^-^)ノ~~

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今回は武術と介護の融合で命を守るとの話でしたが、

私としては仏教と医療、

また仏教と介護の融合を目指せないかと考えています。

このブログの取り組みもその一つです。

毎回、授業を受けた看護学生たちの感想が届きます。

「看護と宗教」というこれまであまりない?

組み合わせの講義を、

生徒達がどう受け止めるか少し心配しましたが、

どれも前向きで嬉しい反応ばかりで、こちらが驚いています。

先生方からも予想以上に喜んでいただき何よりでした。

    

以下は生徒達の声の一部です。

  

「先生のお話の中で、『今が楽しければいいや』

 と思って過ごしている人は、

 いつも心のどこかに将来に対して不安を抱えていて

 本当には楽しめない、というようなことを話されたと思いますが、

 その言葉が心に残りました。

 死は誰にも必ず訪れるもの、ということを忘れがちですが、

 いざその時が来た時に、

 後悔のない人生が送れたらいいと思います」(39歳女性)

  

「授業の内容はとても分かりやすく、聞いていて興味深く、

 仕事だけではなく、自分の生きるこれからの人生においても

 ためになると感じました」(32歳女性)  

 

「不正がまかり通る世の中も事実多くて、

 官公庁の不祥事やあきれるニュースを見るたび

 がっかりすると共に世の中に悪い影響を与えると思います。

 真理の話、因果の道理はとても内容が良いので

 子供たちにもっと知ってもらいたい内容だと思いました。

 難しい数学などより、

 随分世の中の為になると思いました」(51歳女性)

 

 

 

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2009年8月28日 (金)

神仏の教えは知ったほうがいい!? 【命の話45】

   

こんにちは。

井手敏郎です。

今日の『死生学(命の話)』は「神仏の教えを知る」です。

今回は緩和医療医として活躍される大津秀一さんの

『死ぬときに後悔すること25』(致知出版)

を参考にしています。

学びの多い内容でしたが、

この本からの紹介は、一端終わりにしたいと思います。

  

Photo

 



写真は今年5月の牛久市の死生学講座。

中央のちっちゃいのは息子(笑)です。

大事な問題を学びたい!!

という方が増えているのは嬉しいことです。

 

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では本日の『死生学(命の話)』をどうぞ(/^-^)/
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生と死の問題に洞察の深い、

京都大学教授のカールベッカー氏は

世界で一番死を恐れているのが

現代日本人ではないかと述べています。

その理由の一つが神仏に対する理解がなく、

来世に対する信仰が薄いからでは?と指摘しています。


大津さんは、死ぬ前に後悔することの大きな一つとして、

「神仏の教えを知らなかったこと」を取り上げています。


  

たしかに日本にも宗教的な行事は残っています。

しかし理解たるや惨憺(さんたん)たる状況ではないでしょうか。

正月はかしわ手(神道)を打ち、

結婚式は教会(キリスト教)で挙げ、

葬儀は僧侶(仏教)にまかせつつ、

世間的には宗教心がないことを自慢する傾向があります。

日本の最大派閥は無宗教でしょう。


高校時代、

アメリカにホームステイしていたことがありましたが、

日本人は特に宗教を信じていない人が多いと、

ホストファミリーに話すと、とても不思議がられたり、

人によっては、

何も信じるもののない人を信じることはできない!

といわれたこともあります。

  

留学生が日本文化をどう紹介するか論じている本を手に取ると、

海外では仮に信仰心がなくても、

日本人として、

「私はブディスト(仏教徒)です」

と言うべき、との主張が多いのに気づきます。

信仰はもつべきというのが

ワールドスタンダード(世界標準)なのです。


スピリチュアルケアの一つに村田理論というものがあります。

生きている意味を見失うのは、

死を超えた将来の確信(時間存在)、

信頼できる家族、友人、医療者の存在(関係存在)、

自己決定できる自由(自律存在)

の3つのうち1つ以上の要素が揺らぐためである、

という理論です。


このうちの一つが失われても、

他の要素でそれを補い、

心の痛みを和らげるともいわれます。

しかし、終末期になって焦っても、

来世の確信や、心の準備が成し遂げられるかはわかりません。


怪しい宗教は別として、

やはり健康なうちから、毛嫌いせず、

家の宗旨などに関心を持ち、

宗教書や死生観について学んでみると、

思いがけない発見があったり、

古今東西の人間の悩みや疑問は一緒だなぁ~と癒されたり、

侮れないことがわかります。

 
 

僧侶や牧師が勧めるなら当たり前ですが、

本人は信仰心を持っていないと語りつつも、

終末医療に携わる医師の立場で

多くの人に必要だと主張しているのは、

やはり注目すべきでしょう。  

  

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「命に効くえすちょん」をどうぞ <(゜ヘ゜)>ウ~ン
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人間の悩みは、昔も今も、洋の東西を問わず、

あまり変わりないようです。

古典や宗教書には

私達が知りたい智慧や答えがあるのではないでしょうか?

 

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編集後記 (*^-^)ノ~~

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ブログを解析すると、

訪問した方が関心をもたれ『知らなきゃ損する死生学』内の

いろんな記事をご覧くださっているのがわかります。

頑張って続けたいと思います!

 

 

 

 

 

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2009年8月13日 (木)

アルツハイマーを治す方法 【命の話44】

 

こんにちは。

井手敏郎です。

母に頼まれて買ってきた本ですが、

アルツハイマーとなった医師である主人を、

妻として、看護師として、

支えてこられた荒井和子さんの手記

『「アルツハイマー」からおかえりなさい』(ポプラ社)と、

終末医としても活躍される

東大名誉教授の大井玄さんのお話を参考にしました。

今回の『死生学(命の話)』は「相手の尊厳を認める」です。

私には、とても大きな気付きのある内容でした。Σ( ゜Д゜)ハッ!

 

Photo
  

 

(クリックで拡大します)

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          写真は、今月の牛久市での死生学講座の様子です。

筑波大学の学生さんをはじめ若い方が多数参加しました。

19歳から83歳と年齢層が幅広いのも、

『やわらか死生学』の特徴かもしれません (*゚▽゚)ノ

 

 

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では本日の『死生学(命の話)』をどうぞ(/^-^)/
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医師として、海外まで派遣されるほどの人望をもちながら、

アルツハイマーで坂を転がるように状態が悪化し、

記憶障害などに苦しんだ、

荒井医師が一番ショックだったことは、

「アルツハイマー」といったとたん、

周囲から人間性まで失われたように見られることだったといいます。

 

 

デイサービスに行くことがとても嫌だったと告白する荒井医師。

介護する家族にとっては貴重なサービスに違いありませんが、

見知らぬ人たちが自己紹介するわけでもなく、

いきなり一緒に集団行動をとることに戸惑いを覚え、

囲碁や麻雀を勧められても、ルールがわからず断るしかなく、

一人ぼっちだったと述懐します。

  
  

種々の転機で奇跡的な回復を遂げた彼は、

回復の要因を、

わがままや勝手を言っても、ありのままに受け止め、

失敗しても嫌味もいわなかった奥さんや、

音楽鑑賞や読書だったと振り返りました。

   
  

手記では、必ずしも住み慣れた町で、

住み慣れた人に囲まれた老後がよいという、

固定観念も当てはまらないと記されています。

なぜなら、排泄の失敗をはじめ、生活上の困難が重なる中、

尊厳を保つためには、

今までとは違う自分の姿をさらして同情されるよりも、

知らない環境で静かに過ごしたいという気持ちもあるからです。

 

 

事実、荒井医師を訪問したかかりつけの医師は、

新しい住まいのしつらえも認知機能の低下を補うに、

適切だったと感じたといいます。

   
   

認知やうつは、一人でいることが不安になる場合がありますが、

新しい家のオープン型キッチンは居間全体が見渡せ、

いつでも奥さんと会話できる状況、

呼べば聞こえる、顔を上げれば相手の姿が見える生活空間、

それを近くから支える

子供や孫達が生み出す安心感、周囲の笑顔……、

は薄皮をはぐように、静かに、荒井医師の心を癒し、

うつ病が引き起こした仮性認知症の症状を改善させ、

アルツハイマーの認知機能低下による

生活上の困難をも覆い隠したのです。
  

   

認知症患者の脳の働きを研究する国立長寿医療センターで、

認知症患者32名、健常者63名を比較するため、

有名人の写真をみせて、

その被写体が誰なのかを尋ねる実験がありました。

  
  

相手を特定できる比率は、認知の程度が軽度なら33%、

中度なら22%と大きく下がりますが、

相手が喜んでいる、

怒っているといった表情や感情を読み取る力は、

認知症患者と健常者とで、ほとんど差がないといわれます。

  
  

これは認知症でたとえ相手の名前や顔が認識できなくても、

対峙する相手の気持ちは伝わるということです。

  
  

認知症においては、介護、看護側の問題として、

「中心症状」と「周辺症状」の二つの区別を

できていないことが、悲劇を加速させるといわれます。

その理由は、日時、現在地、家族の判別など

記憶に関る能力(中心症状)は低下しても、

徘徊したり、夜中に奇声をあげるといった症状(周辺症状)は、

周囲の配慮や、周りの人とのつながっているという

安心感さえもたせることができれば、

大きく改善するからです。

 
 

高齢者同士の会話をよく聞いていると、

お互いの話がまったくかみ合っていないときがあります。

 
 

「あんたの息子はいくつになるんかね?」

「いやいや、息子の仕事は忙しいですよ」

  
  

このようにつながりのない会話と知りながら、

相手に合わせることを「偽会話」といいますが、

合わせることで、相手とつながっているという安心を持たせ、

症状を穏やかに保つことができます。

 
 

「話が通じない」

「これだから年寄りは困る」

とイライラする前に、

楽しく話をしてつながっていこうという気持ちが、

高齢者の大きな力になるはずです。

  
  

アルツハイマーと告知され、自分でも物忘れを悲観する中、

周囲に人間性まで否定されていく人も少なくありません。

気持ちの落ち込みは症状の悪化を加速させますが、

支える仕組みと心さえあれば、

アルツハイマーからの生還も可能であることが知らされます。

   
   

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「命に効くえすちょん」をどうぞ <(゜ヘ゜)>ウ~ン
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アルツハイマーか否かにかかわらず、

すべての人はいつか老いを迎えます。

たった一人でも喜べるもの、

老いてもなお、

自分の明かりになるものを探してみませんか?

    
 

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編集後記 (*^-^)ノ~~

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人間にとって「つながり」の大切を強く知らされます。

アルツハイマーの深刻さ、重さを理解したうえで、

あえて、生還する道があることを信じたいと思いました。

「年寄り笑うな行く道じゃ」

たとえ偽会話でも、

私の未来の姿を見せてくださっている先輩方に、

笑顔で寄り添いたいものです。

看護学校でも訴えたいと思います。 

  
   

 

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2009年8月 5日 (水)

残虐者はどこにいる!? 【命の話43】

 

おはようございます。

井手敏郎です。

裁判員裁判が始まり、

ますます一人一人の人間観が問われています。

今回はお知らせ通り、キリスト教と仏教の「愛」の違いから、

人を裁くことについて、考察してみたいと思います。

今回の『死生学(命の話)』は「自分の心を深く知る」です。

 

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では本日の『死生学(命の話)』をどうぞ(/^-^)/
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痴呆の進む母を献身的に介護する父に、

中年の息子が思わず

「そこに愛があるのか?」と尋ねました。

「今まで愛を沢山貯蓄してきたので、今はそこから切り崩している」

と彼は答えたといいます。


キリスト教における愛は、

「君が好きだ」といった感情とは無関係といわれます。

むしろ自分の感情と別に、

人間としてなすべき態度を示すことこそ愛であると教えます。


わかりやすくいえば、好き嫌いに関らず、

「理性で人のために尽くす」ということでしょう。

聖書の

「右の頬(ほほ)を打たれたら、左の頬も差し出せ」

とは、心の中では煮えりかえっていたとしても、

いつも柔和に、相手のためを思う理性を失わないことを

要求されているのかもしれません。


キリスト教が目指す本物の愛とは、肉親への思いや、

恋愛などで湧き上がる感覚的な気持ちが消えて後に訪れる

個人の思惑を超えた、労(いた)わり、優しさ、哀しさです。


対して仏教では、

法律や道徳的な善悪より厳しく我々の心を見つめ、

欲望、怒り、妬(ねた)み、恨(うら)みなどの

煩悩にまみれたものが人間であり、

生きるためには仕方がないと、生き物の命を奪い、

いざ不本意なことがあれば、親、兄弟、友人さえ

刃(やいば)を向ける恐ろしい心を抱え、

罪悪を重ね続ける、罪深い存在が私であると説かれます。


心理学者ユングは、

「疑いもなく、つねに人間の中に棲(す)んでいる悪は、

量りしれない巨魁(きょかい)なのだ」

と言いました。


有名人のスキャンダルに

「考えれない」

「人間のやることではない」と物した政治家もいましたが、

人の過ちを頭から非難しうる、

無謬(むびゅう)人間はどこかに存在するのでしょうか。


仏教書でもっとも多くの人に読まれる

『歎異抄(たんにしょう)』には、

「さるべき業縁(ごうえん)の催(もよお)せば、

如何なる振る舞いもすべし」という言葉があります。

「あのようなことだけは絶対しないと、

言い切れない私である」という意味です。


仏教の人間愛は、単に理性で人に尽くすというものではなく、

相手の醜さを知った上で、

それ以上に醜い巨悪をひそませ、

いかなる振る舞いもする潜在的残虐者が私、

と知らされた深い人間観や、

「同病相憐れむ」の精神から沸き起こる同朋愛ともいえます。


ある弁護士は語りました。

「人間なら誰でも犯罪を犯す可能性があります。

被害者の気持ちを知る努力とともに、

我が身も加害者になりうることも知り、

加害者の心情にも寄り添うことができれば、

仮に有罪判決がでても、彼らの更生は早いはずです」

 

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「命に効くえすちょん」をどうぞ <(゜ヘ゜)>ウ~ン
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NHKの番組で、大戦中、

ガダルカナル島で飢餓に苦しんだ日本兵達たちは、

群がるハエを食し、

人間をも手にかけ、丸焼きにして食べた事実を語っています。

先入観を捨て、被害者、加害者両方に寄り添った

見方や対応は困難ですが、

あなたが裁判員に選ばれたとき、

マスコミの一方的な意見を受け売りする前に、

「もし私が彼と同様の生い立ち、環境、立場ならどうだろう?」

と、もっと深く考えてみることはできないでしょうか。

 
   

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編集後記 (*^-^)ノ~~

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重いテーマですが、国民の義務として、

もう無関係ではなくなった裁判員裁判に関連し、

大事なことと思い書いてみました。

如何だったでしょうか。

 

  
 

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2009年8月 3日 (月)

裁かれるより恐ろしいこと 【命の話42】

  

こんにちは。

井手敏郎です。

今日から東京地裁で裁判員裁判が開廷されますね。

人間観が問われる制度ですので、注目したいと思います。

今日の『死生学(命の話)』は「四知を知る」です。

緩和医療医として活躍される大津秀一さんの

『死ぬときに後悔すること25』(致知出版)

から続けて学びたいと思います。

 

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では本日の『死生学(命の話)』をどうぞ(/^-^)/
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終末期特有のスピリチュアルペイン(魂の痛み)

の一つが、

「自分が悪いことをした罪として、病気や死がもたらされた」

という思いです。

現場ではよくある確信だと大津さんは語ります。


人は大なり小なり生き物を殺し、

人を言葉で傷つけ、相手を打ちのめします。

人が人である以上、それを避けることはできません。


しかし、法律上明らかな罪を犯して死を迎える人もいます。

ある患者は

「私が犯したことは、取り返しのつかないことだった!

私は後悔している、後悔しても後悔しても、なお後悔する。

どうしたら良いのだろうか?」

とまだ見ぬ死後を恐れ、自らを責めたといいます。


彼は肉体的な苦痛はあまりなかったにも関らず、

もだえ苦しみます。

犯した罪への後悔、

ゆえに未来永劫許されないという恐怖。

 

それは傍から見ても恐ろしいものであり、

犯罪など犯すものではない、

一人の人間の心はいかに弱いものか、

終末期の現場で、まざまざとそれを見せつけられた、

と終末医療のプロは言葉を重ねます。

 

約1900年前、

後漢(中国の王朝)の官僚であった楊震(ようしん)は、

賄賂(ワイロ)がとくに幅をきかせていた当時にあって、

「天知る、地知る、子(し・あなた)知る、我知る」

と伝え、決然として不正を断ったといいます。

「楊震の四知(しち)」として知られる言葉です。

 

刑罰があるからとか、ないからではなく、

結局、自分自身がその事実に苦しめられることを

私たちは肝に銘じておくべきではないでしょうか。


  

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「命に効くえすちょん」をどうぞ <(゜ヘ゜)>ウ~ン
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自らの意図に反し、

人は罪を犯さずには生きられませんが、

臨終の憂いを少しでも減らすためにも、

自分の側に、常に大事な人がいると思って、

善いことをはじめることはできないでしょうか?

    

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編集後記 (*^-^)ノ~~

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裁かれる、裁かれない、

という法律以上の深刻な問題をここに垣間見るようです。

次回は『死ぬときに後悔すること25』をちょっと横に置き、

仏教の愛と、キリスト教の愛の違いを通して、

裁判員裁判を考察してみたいと思います。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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2009年7月30日 (木)

夢が叶わない以上の後悔とは 【命の話41】

    

こんにちは。

井手敏郎です。

写真は、最近牛久市で行った仏教講座の様子です。

立ち見(立ち聞き?)が出るほど参加者が増えています。

仏教に関心を持つ方が本当に多くなり、嬉しいです。

Photo





(クリックで拡大します)

 

27日警察庁は、

6月の自殺者数が2822人だったと公表しました。

今年上半期(1~6月)は1万7076人で、

このままだと過去最悪だった

03年の3万4427人と同水準になるようです。

死生学のブログがきっかけとなり、

もうすぐ始まる看護学校での仏教講義が、

「より命を大切にする」

一助になることを願って頑張りたいと思います。

 

今日の『死生学(命の話)』は「夢に向かう」です。

緩和医療医として活躍される大津秀一さんの

『死ぬときに後悔すること25』(致知出版)

に学びます。

     

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では本日の『死生学(命の話)』をどうぞ(/^-^)/
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終末期医療の実践をする大津さんは、

臨終に抱える後悔にはあまり差異はないとして、

人が後悔を残す代表的な25項目をあげています。

その中の一つが、

「夢をかなえられなかったこと」です。


人間にはさまざまな夢があります。

しかし、多くが叶わぬものであることも事実です。


そんな中、ただ一つはっきりしているのは、

夢は持ち続けている限り叶う可能性があるということ。

諦めれば可能性を失うということです。


約1000人の終末に立ち会った大津さんが感じたのは、

死ぬ前に後悔するのは、

夢が叶わなかった以上に、夢を叶えるために

全力を尽くさなかったことにあるのではないかということでした。


ピアノが上手な患者がいたそうです。

ピアニストにはなれませんでしたが、

ピアノを弾き続けた彼女は、最後

病棟の患者達を涙させる演奏をしてみせたといいます。


もう一つの後悔として「自分の生きた証を残さなかった」

というものもありました。

生きた証として自伝を書こうとする人も多くいます。

女性の場合は、おなかを痛めて産んだ子供に、

自分の生の証を見る傾向があるので、

特別何かを残さなくても、

次の世代へ

思いが紡(つむ)がれていくのを感じる人も多いようです。


生きた証を残したいと強く望むのが男性に多いのは、

子供に対し、女性ほど自分が生きた証ととらえにくいからでは?

と大津さんは記します。


百年の星霜(せいそう)

を超えるものを残すのはなかなかできませんが、

彼は、工夫次第でいろいろできるのではないかと続けます。


体力が衰えた状態で思い通りするのは難しい一方、

証を残そうと生命を奮い立たせる人もあります。


語らない美学を持つ日本人が証を残す方法、

心に秘めた思いを正直に吐露する形として、本では、

17歳で白血病に倒れた女子高校生の手紙を紹介しています。


「これが私の出す最後の手紙であるかもしれないのに、

本当に何を書いたらいいのかわからない。

今生の別れの言葉は何がいいのか思いつきやしない。

私はもう一度生きたい。

病気を克服してもう一度生きたかった。

ありがとう。

私のために泣き、苦しみ、疲れ、身を捧げんとしてくれた人たちへ。

人間は誰かの役に立ちたい、救ってあげたい、

また、誰かの何かのためにと理想をもつ。

自分の生が、死が意味のあるものでありたいと思う。

少なくとも私にとって

あなたがたの生は意味のあるものであるだけではなく、

なくてはならないものとして存在している。

あなたがたは、勇気のある強い人間だ。

あなたは人を救ったんだという

満足感と自信に満ちあふれて生きていって欲しい。

あなたは私にとってなくてはならない人です。

そう思って、あなたに心から

感謝と尊敬をしている人がいることを忘れないで欲しい」

  
  

感謝を最期の言葉に逝きたいもの。

いつそのときがきても後悔のないよう、

毎日、感謝の言葉をかけていく努力をしたいと思います。

    

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「命に効くえすちょん」をどうぞ <(゜ヘ゜)>ウ~ン
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本では、自伝や、芸術作品、手紙…など紹介しつつ、

いつ死が私達の命を奪い去るかわからないので、

その意味でも、残したい証があれば、

早めに残したほうがいいのではと勧められています。

あなたは最期にどんな証を残したいでしょうか?

  

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編集後記 (*^-^)ノ~~

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学校などで、仏教講座や死生学講座を開催することは、

私が今年掲げていた目標の一つでした。

やはり願わねば実現しなかったことだと思います。

叶わないことも多くあるかもしれませんが、

夢に向かわなかった後悔だけはしないよう

一層努力したいと思います。


 

 

 
 

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